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2012年6月27日 (水)

団藤先生死去

 元最高裁判事で東大名誉教授の団藤重光先生が,25日お亡くなりになりました。

 

若い人には,団藤先生=『死刑廃止論』で有名かもしれませんが,私くらいの世代になると,団藤先生=「人格的行為論」「人格責任論」がまず思い浮かぶ方も多いかと思います。

 

 団藤先生の『刑法綱要総論』は大部で重厚な書物で,学部時代の私にはちょっと歯が立たないものでした。

 

 団藤先生の人格責任論は,

 

「責任は,第一時的に行為責任であるが,第二次的に人格形成責任を考えることができる。なぜなら,行為の背後には,素質と環境に制約されつつも,行為者の主体的努力によって形成されてきた人格があるのであり,このような人格形成における人格態度に対して行為者を非難しうるからだ。」

 

というものです。難しいですね(私の上記の要約がはたして正しい理解なのか,自信がありません。)。

 

 私のつたない理解によれば,「罰せられるべきは行為か,それとも行為者(の性格)か?」という命題に対して,行為責任論を基礎としつつも,両者を止揚することを目指したのが,団藤先生の方向性かと。

 

 団藤先生のお弟子さんである大塚仁先生によれば,東京地裁判決昭和304.15判時50.27などに人格責任論が採用されているとのことです。この判決は,強姦致死・殺人事件に死刑が言い渡された事例(のち最高裁で確定)ですが,東京地裁は,判決文の中で,

 

「裁判所は最後の断案を下すにあたつて,今一度被告人に有利な事情を検討して見たが,不幸にしてそれは,被告人がその人格形成に際してその環境から受動的に悪影響を受けたという,いわば,一般的な外部的な面にとどまり,人格形成への被告人の主体的な努力については,酌量するに足るだけのものを発見できなかった。」

 

とした上で,

 

「結局,被告人に対しては死刑を以てその責任を問うのが相当であるとの結論に到達した。」

 

と判示しています。重い判断ですね。

 

 団藤先生死去の報道によって私は初めて知りましたが,団藤先生は,終戦直後,若くして,現刑訴法をGHQの占領下で起案しているんですね。その後,学者として人格責任論を展開され,大学退官後最高裁判事となり,判事定年退官後『死刑廃止論』を著された団藤先生。

 

 ぜひ,時間をとって,団藤先生の著作を(そして人格責任論に批判的だった平野龍一先生の著作もあわせて)じっくり読んでみたいものです。

 

 団藤先生のご冥福をお祈り申し上げます。

 

hy

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