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2012年8月 6日 (月)

絞首刑

本日は,法廷の帰り,豪雨にやられびしょ濡れになってしまいました。つらい。今はすっかり晴れています。

 

さて,先日の新聞では,今月3日,二人の確定死刑囚に対し,東京・大阪の各拘置所で,死刑を執行したとのニュースが報じられていました。

 

死刑の執行については,刑事訴訟法に,次の規定が存在することを知っておられる方は多いと思います。

 

「死刑の執行は,法務大臣の命令による。」

「前項の命令は,判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない。但し,…」

 

但書では,再審の請求などがあった場合には,その手続が終了するまでの期間は,六箇月という期間に算入しないと書かれていますが,原則としては判決確定から六箇月以内に執行することとされています。

 

しかし,この規定,東京地裁の平成10320日の判決では,

 

「したがって,同条二項は,それに反したからといって特に違法の問題を生じない規定,すなわち法的拘束力のない訓示規定であると解するのが相当である。」

 

と判示されています。実際上は,そのときどきの法務大臣の死刑制度に対する考え方いかんによって,ある大臣の下では死刑執行が立て続けに行われたり,ある大臣の下では死刑執行が全く行われなかったりと,手続的に非常に不安定な状態にあるといえます。

 

そもそも,刑事訴訟法は,

 

「この法律は,刑事事件につき,…刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」

 

と規定していますが,その割には,捜査・公判に関する条文がその太宗を占め,刑の執行に関する条文が非常に少ないように思います。死刑の執行に関する条文はわずか5か条くらいしかありません。刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(刑事収容法)にも数か条あるのみです。死刑執行の手続については,外部からはなかなか分かりにくい状態にあるということができるかと思います。

 

ところで,死刑執行の方法について,刑法には,

 

「死刑は,刑事施設内において,絞首して執行する。」

 

と規定されており,わが国では,絞首,つまり首をしめて殺すという方法がとられています。

 

では,具体的に絞首刑の執行の方法は何に規定されているかというと,これは,明治6年太政官布告第65号の「絞罪器械図式」というものに基づいています。「太政官布告」ってすごくありませんか。日本史で勉強した,「五箇条の御誓文」も太政官布告ではなかったでしょうか。

 

いずれにせよ明治6年というのは,大日本帝国憲法(旧憲法)の施行前ですから,いかに古いものかがわかるかと思います。「絞罪器械図式」は,旧憲法761項の,

 

「法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス」

 

という規定によって,旧憲法上も法律としての効力が認められ,さらに,現行憲法下においても法律と同一の効力を有するものとして存続していると解されています(昭和36.7.19最高裁大法廷判決)。

 

しかし,

 

「凡絞刑ヲ行フニハ先ス両手ヲ背ニ縛シ紙ニテ面ヲ掩ヒ引テ絞架ニ登セ…」

 

などとおどろおどろしく規定する約140年も前の「絞罪器械図式」(e-Govの法令データ提供システムを検索しても出てきます。)が現行法制下における絞首刑の具体的方法の根拠だというのは,

 

「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない。」

 

と規定する憲法31条の趣旨に反するように思うのですが,どうでしょうか。現憲法下における国会においてはもちろん,大日本帝国憲法下の帝国議会においてもなんら審議・議決されていない条文なわけですよ,この「絞罪器械図式」は。仮に死刑制度の存続を認める立場に立つとしても,このような法令の現状を無視するわけにはいかないように思います。

 

なお,「絞罪器械図式」には,

 

「凡二分時死相ヲ験シテ解下ス」

 

と規定されていますが,(旧監獄法の規定を受けた)刑事収容法では,

 

「死刑を執行するときは,絞首された者の死亡を確認してから五分を経過した後に絞縄を解くものとする。」

 

と規定されていて,「5分」というのが実際の取り扱いのようです。

 

hy

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