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2012年9月22日 (土)

写真撮影と肖像権

 隔年で開催される世界最大のカメラショー「フォトキナ(Photokina World of Imaging)がドイツのケルンで今月23日まで開催されています。これは,カメラメーカーや関連機器メーカーが製品を出展する見本市で,今回は,45か国から1200以上のメーカーが参加しているそうです。

 

Photokinaにあわせ,今秋以降,各社から新製品が発売されるので,カメラファンの中には,楽しみに待たれている方も多いかと思います。

 

私も写真を少し撮りますが,被写体は自分のこどもがほとんどです。時間があれば,街中をぶらぶらしてスナップ写真を撮ってみたいですけど,スナップ写真というのは難しいですね。それに,人物を撮るとなると,肖像権の問題も絡んできます。

 

人が自己の肖像について法的利益を有するか,という問題は,カメラの発明以前にも,観念しえたとは思います。しかし,カメラ発明以前は,肖像は画家が時間をかけて手で画いていたので,画かれる人が同意していないということはちょっと考えにくい。従って,実際上は問題になりえなかったのでしょう。

 

現在のデジカメは,暗所にとても強く,かつてのフィルムカメラとは比べ物になりませんし,また,カメラ付携帯でサッと撮影し,瞬時にWeb上にアップロードすることも可能なので,気が付かないうちに自分の写真が撮られ,それが多くの人に見られる状態になっているということもありうるでしょう。

 

そのような場合,その人の肖像権は侵害されているのでしょうか。そもそもどのような場合に肖像権というものが認められるのでしょうか。

 

ここで,「○○の場合に肖像権侵害となる。」と明言できれば,話は簡単なのですが,実際のところ答えを出すのは非常に難しい。いろいろな事情を総合的に判断して肖像権侵害か否かが決せられるとしか言えないと思います。「諸般の事情を総合的に考慮して…」というのは,法律家の得意とする言い回しの一つですが,要は,一義的には答えが出ないということです。じれったいですね。

 

さて,そもそも「肖像権」について,その権利を直接定めた法律はありません(他人の肖像を含む商標は承諾を得ない限り商標登録できないという商標法の規定はありますが。)。判例法の中で徐々に確立されてきた権利ということになります。

 

「肖像権」についてふれた判例で最も著名なのは,いわゆる京都府学連デモ事件最高裁判決(昭和441224日)かと思います。これは,大学生のデモ行進に際して,警察官がデモ集団の先頭の写真撮影をしたところ,デモ参加者が「どこのカメラマンか」と抗議し,警察官の顎を旗竿で突いて,傷害を負わせたという,公務執行妨害・傷害事件についての判決です。

 

この判決は,憲法13条(個人の尊重・幸福追求権)を適示した上で,「個人の私生活上の自由の一つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として…」と判示しました。

 

この判決は,判決文の中で「肖像権」という言葉を用いているので,肖像権に関する著名な判例と解されているわけですが,事案は刑事事件なんですよね。つまり,国家権力が私人の容ぼうを撮影することが許されるかが問題とされたわけで,私人v. 私人が問題となったケースではありません。スナップ写真の撮影が被撮影者の肖像権を侵害するか,という命題からはちょっと離れたケースのように思います。

 

私人v. 私人のケースで最高裁まで争われたものとして,比較的新しいものとして,平成171110日の最高裁判決があります。これは,いわゆる和歌山カレー毒物混入事件の被告人を法廷で隠し撮りした写真を写真週刊誌に掲載したことについて,この被告人が出版社に対して,肖像権侵害を理由に不法行為に基づく損害賠償請求をした事件です。

 

この判決は,京都府学連デモ事件の最判を引用し,「人は,みだりに自己の容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有する。」と述べたうえで,次のように判示しています。

 

「もっとも,人の容ぼう等の撮影が正当な取材行為等として許されるべき場合もあるのであって,ある者の容ぼう等をその承諾なく撮影することが不法行為上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。」

 

要は,「いろいろな事情を総合考慮して,受忍の限度を超えていれば違法となる。」というわけで,やっぱり,一義的に簡単には答えが出ないなーということかと思います。

 

このケースは,刑事被告人v. マスコミというケースであり,しかも撮影場所が刑事事件の法廷での隠し撮りという点で特殊性がありますが,私人v. 私人であるので,スナップ写真の撮影が被撮影者の肖像権を侵害するかという命題においても,基本的にこの判決をベースに考えることになるのだと思います。

 

ただ,マスコミは報道機関としての使命があるのに対して,私が撮影する場合,単なる趣味ですから,撮影の必要性なんかも全然ないわけで,そのあたりは,不法行為における違法性の判断にどう反映されるのか,ちょっとわからない点もあります。

 

結局は,撮影される人から承諾をもらえば問題ないわけですが,承諾といっても黙示の承諾があるというケースも考えられます。

 

古い事件ですが,東京温泉事件(東京地判昭和3188日)というのがあります。これは,香水風呂等を経営する東京温泉の香水風呂内において,東京風呂の許可を得て,当時来日中であった黒人ジャズ合唱団を写真通信社のカメラマンが撮影し,それを写真誌「写真サロン」に掲載したところ,その写真に,ジャズ合唱団の横に男性2名が写っていた。この男性2名が,無断で撮影されたことを理由に,写真誌出版社に対して,新聞への謝罪文の掲載を求めたというケースです。

 

判決は,温泉の渉外部長が,浴場内の全部の客に対しこれから報道写真の撮影が行われることを告げたこと,撮影されることを好まぬ客に拒否又は退避の機会を与えていたこと,カメラマンは首より2個のカメラを下げ,背広を着,写真報道員なることを表示する腕章を巻き,ズボンの裾をまくるなど,浴場内の客とは似つかぬ恰好をしていたことなどを認定した上で,

 

「原告等は自己の姿態が撮影された時には公表されることもあるであろうことを黙認した」

 

として,原告の請求を退けました。

 

 黙示の承諾があるであろうと想定できる状況であっても,東京温泉事件のように訴訟を提起されてしまうというリスクは(結果的には勝訴するとしても)完全には払しょくできないでしょう。

 

 そうすると,やはり,明示の承諾をもらっておくのがベストかと。しかし,撮る前に一声かけるとなると,声をかけられた人は,たいてい,ややひきつった笑顔でこちらを向いてくれ,結局,みな同じような記念写真みたいな不自然な写真になってしまうんですよね。スナップ写真の醍醐味がないというか,難しいところです。

 

hy

 

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