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2013年12月30日 (月)

無理心中は殺人だ!

ちょうど一週間前,痛ましいニュースが報じられていました。

 小学校の校庭で少年野球をしていた小学三年生の男の子が,父親に連れ出され,灯油のようなものをかけられて,火をつけられたというものです。

 父親は死亡し,子どもは意識不明の重体と報じられていました。

 
新聞やインターネットのニュースの見出しは「無理心中」とされていましたが,殺人未遂容疑で捜査をすることまで言及していたメディアは必ずしも多くなかったような気がします。

 無理心中などと書くと,なんとなく行為者の行為を非難する度合いが退行してしまうような気がしますが,そう感じるのは私だけでしょうか。

 行為者が親であろうが誰であろうが,被害者は無理やり殺されて(殺されかけて)いるわけで,無理心中というのは殺人行為に外なりません。

 手元の辞書で「心中」をひくと,「この世で添えないことを悲観した相愛の男女が,せめて来世では一緒になろうと,同時に自殺すること。」と定義されています。行為者が互いに自ら命を絶つという点が心中の本質のようです。

 また,「無理心中」をひくと,「死ぬ意思のない相手を無理に道連れにして自殺すること。」と記載されています。

 日本には,曽根崎心中に代表される心中物というジャンルがありますが,それは世界的にはあまり普遍的なことではないというようなことをかつてどこかで読んだことがあるような気がします。

 ところで,心中は行為者が互いに自殺することを内容とするわけなので,法律的に言えば,行為者には自殺関与罪が成立することとなり,殺人罪より違法性が低いと評価されますが,では,自殺する気がないのに,相手方に「一緒に死のう」とうそをついて持ちかけて,相手方だけが自殺してしまった場合(いわゆる「偽装心中」),何罪が成立するのでしょうか。

 
判例は,殺人罪が成立するといいます。

 しかし,自殺関与罪は,自殺関与の手段について何ら限定していないので,「一緒に死ぬよ。」と相手方に嘘をついた場合にだけ殺人罪となると解するのは根拠がないと思います。

 他方で,無理心中は,無理やり被害者を殺しているわけですから,行為者が自殺をしようとしまいと殺人であることに外ならないわけです。ニュースでも,無理心中などという婉曲的な表現を用いず,端的に殺人(未遂)であると報じるべきなのではないでしょうか。

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hy


 

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